「団栗になっちゅうで」
虫が入ったものを栃が
落としているのだが(摘果)
それがなぜ解るのだろう。
◆秋に向かう
実を結ぶもの
越冬芽を出すもの
森の暦は正確に移ろっている。
しかし海流の影響を受けやすい
日本は気温なども毎年変動するのに
どこで感じているのかも解っていない。
自然の摂理はまだまだ深いものだ。
◆夏の終わり
「木洩れ日がきれい」
光合成に必要な太陽放射も
植物の細胞を劣化させるため
秋に入ると落葉しやすくなる。
その落葉や倒木なども
待っている分解者がいて
「劣化」や「死」も必要で
そうやって森は調和している。
◆森の中のもう一つの森
苔むした石積が支える
古の杣道は三辻山の森の
最も深いところに向かう。
三辻山のまほらには
今日も涼しい風が吹き抜けて
蟬時雨と囀りに満たされている。
「三辻は静かでえいねぇ」
このまほらを護る様に座る
大岩に祠を置いた祖先の心は
もっと深く見ていたのだろうなぁ。
さあ 帰ろうか。
◆かえり道
40年を越えて山を歩いて
自分の好奇心などではなく
森の命らに会いに行くことが
楽しくなった様に感じている。
森に帰る度に出会い感じる
生涯誰の目に止まらなくても
懸命に生きて調和している
一つ一つの命が愛おしく思える。
僕らの「山歩き」は趣味ではなく
これから生きてゆく為の本当の道を
優しく示す道標の様に感じている。
「いい遊山やったね」
橡の実やいく日ころげて麓まで 一茶