猿板

遊山黒子衆SARUの記録

晩春の笹ヶ峰遊山 春空

                             

 標高1,525mにある丸山荘は
1933年に開業した250人収容できる
四国最大級の古い山小屋だった。

◆学舎のこと
 ただ頂だけを目指していた
若い私の足を止めてくれたのが
笹ヶ峰8合目にある丸山荘を
管理していた伊藤さんご夫妻だった。

 そのご夫婦のお人柄に惹かれ
年の休みの半数以上をここで過ごし
山での仕事や登山者のお世話など
10年間で多くの学びを頂いた。

                             

◆記憶のこと
 四国初のスキー場として
多くのお客さんで賑わった丸山荘も
私達が出会った頃にはその役割を終え

林道の延長により宿泊客も減り
縦走する僅かな登山者や
昔を懐かしむ常連客が利用する
静かな山小屋になっていた。

                             

 さあ 行こうか。

丸山荘を後にスキー場跡にあがった。
小屋の防風雪のための杉林も時々間伐し
小屋や道の補修などに使っていた。

 「ここが幼稚園ゲレンデ」

丸山荘の前から北側の斜面は1936年に
四国では初めて本格的にスキーが行われ
以降スキー場として賑わった。

     

 ゲレンデから丸山に行こう。
今日は山頂より気持ちいいと思う。

◆山上のこと

 「いい景色です!!」

丸山荘の名の由来となった丸山。
天気がいい小屋の手伝いの合間に
よくここへ来て昼寝していたなぁ。

                 

標高約1550mの裏山は北に座る
笹ヶ峰に守れた静かな居場所。
たまには名山を眺めるのも良いものだ。

 Y'sたちの調理が始まった。

山の両親とクロがいなくなっても
思い出が多すぎて離れていた山に
今回登って感じたことがある。

                      

 お父さんもお母さんもクロだって
私達の心には今も生きていることを。

 それに気が付いて心が軽くなったよ。

 

 さあ 帰ろうか。

 Y'sよ。
懐かしい雪のラッセルまで
思い出の道を共にかよってみようか。

                    春天のとり落としたる鳥一つ  清崎敏郎