猿板

遊山黒子衆SARUの記録

心の遊山

朝顔

◆父が天の頂に登られたこと
 平成18年8月17日早朝
tochikoの父が他界しました。
 両親は四国で最も深い山間部の一つ、
檮原町四万川で暮らしていました。
その自給自足に近い、伝統的日本の暮らしに、
私は多くを学び、友人達もご案内し、
その様子は猿板でも幾度か紹介した事もあります。

◆地域で助け合うこと
 前日まで元気だった父の死は、
我々家族にとって大きな衝撃であり、
受け入れがたい事実でした。
 その戸惑う我々家族を
静かに力強く支えてくれたのは、
四万川の住民の方々でした。

 救急車に父が乗った時から、
葬儀に向かう準備、初七日に至るまでの事。
又家族と弔問に訪れてくださる下さる方々の
全ての食事などのお世話。

 葬儀のために台風の土砂降りの中で、
雨具を着ての草刈りや溝さらいなど、
沢山の方が早朝から深夜まで、
力と野菜などの物資を持ち寄り、
お世話をいただきました。

 しかしその地元の方々は、
決して表に出ることはありませんでした。

◆人は一人では生きていけないこと
 地域の方は仰いました。
かつて両親もこの様に関わってくれたと。
みんなお互い様で、持ち寄って生きてきた。
この助け合いがあるから、
この厳しい自然の中で生きてこれたという。

 母は言いました
「私は街の暮らしは出来ない」
でも私はこの地元の支えがあれば、
母はきっと大丈夫だと確信します。
これからも元気で、
野菜や味噌を作り続けてくれることでしょう。

◆心から感謝を申し上げます。
 遠路を故人のお見送りに来てくださった方々。
喪中の我々の替わりに今日まで日記を更新してくれた、
ちい、店長はじめSARUの仲間。
猿板に来てくださった方々に、
ここに厚く謝意を表する次第です。
皆様のお陰で無事初七日を迎えることが出来ました。
本当に有り難うございました。
そして今後もよろしくお願いいたします。